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最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)1939号 判決

上告人

増田友敬

右訴訟代理人弁護士

高田義之

被上告人

愛媛県信用保証協会

右代表者理事

福冨博之

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高田義之の上告理由第一点について

一  信用保証協会と金融機関との間の信用保証取引に関する約定には、金融機関は、信用保証協会の承諾を得ることなく、その保証に係る貸付金をもって既存の債権への支払に充当してはならない旨のいわゆる旧債振替禁止条項が設けられており、さらに、金融機関がこれに違反したときは、信用保証協会は、保証債務の履行につき、その全部又は一部の責めを免れる旨が定められている。本件は、信用保証委託契約に基づき、主債務者の借入金債務の代位弁済として金融機関に支払をした被上告人が、主債務者の求償金債務の連帯保証人である上告人に対してその履行を求めたところ、上告人が、右と同旨の旧債振替禁止条項違反による被上告人の免責等を理由に、同請求を争っている事案である。

原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1  福住修三は、平成二年五月三〇日、株式会社伊予銀行から、利息年7.9パーセント、期限後の損害金年一四パーセントの約定で一四〇〇万円を借り入れた(以下「本件借入金」という。)。

2  被上告人は、平成二年五月二五日に福住と締結した信用保証委託契約に基づき、福住の伊予銀行に対する本件借入金債務を信用保証した。

3  福住は、右信用保証委託契約において、本件借入金債務の履行を怠ったときは、所定の延滞保証料を支払う旨、並びに被上告人が代位弁済をしたときは、その代位弁済額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から支払済みまで年10.95パーセントの割合による損害金を支払う旨を約した。

4  上告人は、平成二年五月二五日、被上告人に対し、右信用保証委託契約に基づき福住の負担すべき求償金債務について、連帯保証する旨を約した。

5  福住が伊予銀行に対する本件借入金債務の弁済を怠ったため、被上告人は平成三年八月三〇日、伊予銀行に対し、残元金、利息及び損害金の代位弁済として一四五二万〇一〇四円を支払った。

6  被上告人は、本訴において、右求償金債務の連帯保証人である上告人に対し、右代位弁済額と延滞保証料の合計一四五三万一六二一円及び右代位弁済額に対する損害金の支払を求めている。

7  被上告人は、昭和四〇年七月一日、伊予銀行との間で、信用保証協会法二〇条に基づく保証に関する約定書(以下「約定書」という。)を取り交わしていた。約定書三条は、旧債振替の禁止について定め、「伊予銀行は、被上告人の保証に係る貸付をもって、伊予銀行の既存の債権に充てないものとする。但し、被上告人が特別の事情があると認め、伊予銀行に対し承諾書を交付したときは、この限りでない。」と規定している。また、同一一条は、被上告人の免責について定め、「被上告人は、次の各号に該当するときは、伊予銀行に対し保証債務の履行につき、その全部または一部の責を免れるものとする。」として、一号で「伊予銀行が第三条の本文に違反したとき」と二号で「伊予銀行が保証契約に違反したとき」と規定している。

8  被上告人が前記2の信用保証のために伊予銀行に交付した信用保証書には、本件借入金の資金使途として「運転・設備」と記載され、また、保証条件として「本件保証にて旧債二件を同日付にて決済のこと」と記載されている。

9  本件借入金一四〇〇万円は、次のように使われた。

(一)  印紙代 二万円

(二)  被上告人の信用保証料

七九万二二八三円

(三)  保証条件とされた旧債振替二件 七一八万六六五一円

(四)  福住が預金口座から出金して使用 四〇〇万一〇六六円

(五)  被上告人が承諾していない旧債振替 二〇〇万円

10  本件借入金一四〇〇万円については、右(一)、(二)が差し引かれた一三一八万七七一七円が福住の伊予銀行普通預金口座に入金されたが、同預金口座に当座貸越約定(貸越限度額三〇〇万円)が付されていて、二九九万二一〇八円の貸越金残高があったことから、右入金額によってまず貸越金の返済が行われた上、その残額と新たな貸越しによって、右(三)ないし(五)の出金が行われた。

二  原審が、本件借入金のうち一9(五)の二〇〇万円のみにつき伊予銀行に旧債振替禁止条項違反があるとして、被上告人の保証債務のうち右違反金額に対応する部分を除くその余の部分については、被上告人の免責を否定し、その結果、上告人の求償金債務の存在を認めたのに対し、所論は、右二〇〇万円以外にも、一10の当座貸越約定に基づく貸越金の返済が旧債振替禁止条項違反に当たると主張した上、これら違反によって保証債務全額につき被上告人が免責されるべきであると主張している。

三  信用保証協会は、中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることを目的として、中小企業者等が銀行その他の金融機関から貸付け等を受けるにつき、その貸付金等の債務を保証することを主たる業務とする公共的機関である(信用保証協会法一条参照)。しかるに、信用保証協会の保証に係る貸付金が当該金融機関の既存の債権の回収を図るための手段として利用されると、中小企業者等が必要とする事業資金の調達に支障が生ずることとなり、中小企業者等の信用力を補完し、その育成振興を図ろうとする信用保証制度の本来の目的に反する事態となる。そこで、信用保証協会と金融機関との間で交わされる信用保証取引に関する約定には、旧債振替禁止条項が設けられ、さらに、同条項の実効性を確保するために、金融機関が同条項に違反して信用保証に係る貸付金により既存の債権を回収した場合には、信用保証協会は保証債務の履行の責めを免れる旨が定められているのである。このような規定が設けられた趣旨及びその内容にかんがみると、金融機関に旧債振替禁止条項の違反があった場合には、信用保証協会からの特段の意思表示を要することなく、保証債務は当然に消滅し、したがって、信用保証協会が任意に右保証に係る債務の弁済をしたとしても、代位弁済としての効果が生じないから、信用保証協会は、主たる債務者及びその求償金債務の保証人に対し、求償金の支払を求めることはできないものと解される。

四  ところで、約定書一一条は、伊予銀行が旧債振替禁止条項に違反したときは、被上告人は保証債務の履行につきその「全部または一部」の責めを免れる旨規定しているところ、所論は、旧債振替禁止条項違反は他の免責事由に比べて違反の程度が重く、また約定書一一条がわざわざ通常の保証契約違反(二号)とは別個に同条項違反(一号)を規定しているのは、他の保証契約違反より重い制裁を課する趣旨にほかならないから、同条項の違反があった場合には、被上告人は原則として保証債務全額について免責されるべきであると主張する。しかし、旧債振替禁止条項違反が他の事由に比べて信用保証制度の趣旨・目的に反する程度が強いといえるとしても、貸付金の一部にしか同条項の違反がないのに、当然に保証債務の全部について債務消滅の効果を生じさせる合理的理由は見いだし難く、約定書の文理ないし構成からしても、所論のような解釈を導くことはできないといわなければならない。したがって、金融機関が貸付金の一部について同条項に違反して旧債振替をした場合には、残額部分の貸付金では中小企業者等が融資を受けた目的を達成することができないなど、前記信用保証制度の趣旨・目的に照らして保証債務の全部について免責を認めるのを相当とする特段の事情がある場合を除き、当該違反部分のみについて前記の保証債務消滅の効果が生ずるものと解するのが相当である。

また、所論のいう当座貸越約定に基づく貸越金の返済の点については、当座貸越取引においては、貸越金残高がある場合に普通預金への入金があれば、その中から貸越金残高相当分を自動的に払い戻して貸越金の返済に充てる約定となっており、したがって、いったん入金額によって貸越金の返済が行われるものの、それによって貸越限度の残額が増加し、その範囲内で必要に応じて貸越しが行われ、自由に処分できる資金を得ることになるから、本件のように右入金後においても当座貸越取引が存続する限り、貸越金の返済は旧債振替禁止条項に違反することにはならないものというべきである。

五  以上によれば、本件借入金一四〇〇万円に関して伊予銀行に旧債振替禁止条項違反があるのは、一9(五)の二〇〇万円のみであり、この違反をもって保証債務の全部について免責を認めるのを相当とする特段の事情がある場合に当たるということはできないから、被上告人の保証債務のうち右違反金額に対応する部分を除くその余の部分について、被上告人の免責を否定し、ひいては、上告人の求償金債務の存在を認めた原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根岸重治 裁判官大西勝也 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人高田義之の上告理由

第一点 約定書(甲二〇)の規定の解釈の誤り

1、原審が約定書(甲二〇)第一一条第一号について示した判断には、その条項の解釈を誤った違法があり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

2、約定書一一条一号、三条の規定は「旧債振替禁止規定」と呼ばれ、信用保証協会と金融機関との間に成立した合意である。全国の信用保証協会は、甲二〇と同一の約定書を金融機関との間でとりかわしたうえ、信用保証の業務が運営されている。旧債振替禁止規定は、信用保証の効力が免責となる重要な規定であるが、その意義や適用範囲については先例となる裁判例に乏しく、大阪高裁昭和五三年四月一一日判決が唯一の先例である。上告人は、旧債振替禁止規定の意義、適用範囲を次のように解することが相当と考える。すなわち、

(1) 信用保証を受けた銀行が約定書第三条の規定に違反し、信用保証協会の承諾を得ずに、保証付貸金の全部または一部をもって自行の既存の貸付債権の回収に充てた場合は、保証協会約定書一一条一号の適用を受け、充当額の多少にかかわらず保証付貸金の全額について信用保証協会の保証責任は免責されるものと解するべきである。けだし、信用保証制度の目的は中小企業者の金融の円滑化を図ることにあり(信用保証協会法一条)、金融機関の単なる債権回収の手段に利用されることがあってはならないところ、旧債振替はまさに右の目的と相反するものであり、信用保証制度の目的を維持し、旧債振替の制限を実効性を確保するため、とくに旧債振替にかかる免責条項が明定されたものと解するべきであるから、旧債振替違反に該当した場合は、他の免責事由に該当した場合に比べ、そのペナルティの程度は重く、原則として一部免責は認めず、全部免責となると解するのが相当だからである。また、約定書の体裁ないし文理からしても、一部免責の効果しか発生しないと解した場合には、旧債振替禁止規定とは別個に保証契約違反による免責規定が存在しており(一一条二号)、旧債振替禁止規定が独立の免責事由と定められている趣旨を理解することが困難と思われるからである。

(2) しかし、旧債振替額が保証付貸金のうちごく一部にすぎないため、全部免責が妥当でない場合も考えられる。このような場合は、保証付貸金の一部が旧債務にあてられたとしても、全体として中小企業者の事業資金の調達という目的を達成するために利用されているなどの特段の事情が存在するかぎり、旧債振替禁止規定に該当しないものとして扱うべきである。この場合は、保証契約違反の態様の一つである資金使途違反(約定書一一条二号)に該当するものとして、その違反部分について保証免責を認めることとなる。

3、旧債振替禁止規定を右のように理解する立場は、多くの公刊されている信用保証の実務書などにおいて、信用保証協会の担当者により明らかにされている見解でもあるから、現実の信用保証の実務は、右の見解を前提として運用されているものといってよい。他方、金融機関側が、右のような解釈に対して異論を唱え、右合意内容の意義について信用保証協会と金融機関の見解が対立しているなどの事情はうかがうことができない。

4、法律行為の解釈にあたっては、当事者の目的、当該法律行為をするに至った事情、慣習及び取引通念などを斟酌しながら合理的にその意味を明らかにすべきものである(最一小判決昭和五一年七月一九日・民集一一八号二九一頁ほか)。旧債振替禁止規定がもうけられた目的や取引通念は前記のとおりであるから、2、のように解することが相当と思われる。

5、原判決の解釈

原判決が引用する一審判決によると、約定書の一一条一号の解釈につき、約定書の文言が「全部または一部の責を免れる」旨定められていることを根拠として、原則として違反した部分についてのみ免責の効果が発生し、例外的に、貸付金の相当部分が旧債振替禁止条項に違反しており、残額部分の融資金では融資を受けた目的を達成することができないような場合には全部につき免責されると判示し、右解釈を前提として一部免責の結論を導いた。

しかし、右の解釈は、旧債振替禁止規定に該当した場合は他の免責事由に該当した場合に比べ、そのペナルティの程度は重いとされていることと符合しないこと、一部免責の効果しか発生しないのが原則と解した場合には、旧債振替禁止規定とは別個に保証契約違反による免責規定が存在しており(一一条二号)、旧債振替禁止規定が独立の免責事由と定められている趣旨を理解することが困難となること、などの難点があり、支持しがたい見解と思われる。原判決が引用する一審判決は、約定書の文言が「全部または一部の責を免れる」と規定されていることを根拠とするが、約定書一一条は免責事由として一号から三号を掲げており、それぞれ、全部免責が原則となる事由と一部免責が原則となる事由とがあるために「全部または一部の責を免れる」という文言になったものと解することが素直な解釈であって、旧債振替禁止規定違反の効果を一部免責を原則とすることの根拠をその文言に求めることは、強引にすぎる解釈と思われる。

かように全部免責を原則とするとの解釈が正当であるとすると、被上告人が全部免責の効果を争うためには、本件が旧債振替禁止条項の例外的場合に該当する事実、すなわち、旧債振替額が保証付貸金のごく一部にすぎず、全体としては事業資金の調達という目的を達成するために利用されているという事情の存在を主張し、立証しなければならないところ、かかる主張、立証はなされていないから、本件では全部免責の効果を認めるべき筋合いとなる。ここで問題となるのは、本件で全部免責という場合、一四〇〇万円貸付の全体をいうのか、承諾のあった旧債振替部分を除いた全体をいうのか、の点である。旧債振替禁止条項の前記の趣旨からすると、承諾のあった部分も含めた全体について、免責の効果が発生すると解するべきである。

6、旧債振替禁止条項に違反する事実

原審が適法に確定した事実ならびに一件記録からすると、金一四〇〇万円の貸付金の使途については次のとおりである。

(一) 平成二年五月三〇日、金一四〇〇万円の貸付の実行として福住修三の普通預金に金一三一八万七七一七円が入金された(甲二一)。差額の八一万二二八三円は、契約証書(甲二)の印紙代二万円と協会保証料七九万二二八三円に使用された(甲二一)。

(二) 金一三一八万七七一七円が入金されると同時に、被上告人の書面による承諾がないのに、同日までの修三の伊予銀行大洲支店に対する貸越金二九九万二一〇八円の返済に充当され、融資の残高は一〇一九万五六〇九円となった(乙四の平成二年五月三〇日の欄)。

(三) 次に、同日、伊予銀行が被上告人の書面による承諾のもとに、その旧債である当座貸越契約の残元本五〇〇万円の返済として、同額が充当され、残額は五一九万五六〇九円となった(乙一〇、乙二二、乙四の平成二年五月三〇日の欄、甲八)。

(四) 次に、同日、右当座貸越契約の利息として三万二二四九円が充当され、残額は五一六万三三六〇円となった(乙四の平成二年五月三〇日の欄、一審における被上告人の準備書面平成五年一一月四日参照)。

(五) 次に、同日、伊予銀行が被上告人の書面による承諾のもとに、その旧債である証書貸付契約の残元利金二一五万四四〇二円の返済として、同額が充当され、残額は三〇〇万八九五八円となった(乙一〇、乙四の平成二年五月三〇日の欄、甲八)。

(六) 次に、同日、伊予銀行が被上告人の書面による承諾がないのに、その旧債である手形貸付契約の残金二〇〇万円の返済として、同額が充当された(甲二二、乙一〇)。ただし、期日前だったので戻し利息七三四二円が発生し(甲二三)、これは通帳に入金され、(乙四の平成二年五月三〇日の欄)。その結果、融資残額は、一〇一万六三〇〇円となった。

(七) 次に、同日、二〇〇万円が現金で引き出され、残額不足のため、九八万三七〇〇円の貸越が発生した。

以上を整理すると、本件の一四〇〇万円の貸付金は、印紙代と保証料の合計八一万二二八三円を除いた一三一八万七七一四円が修造の口座に振り込まれたあと、被上告人が承諾した旧債振替として七一八万六六五一円((三)、(四)、(五))、承諾していない旧債振替振替として四九八万四七六六円((二)、(六))がそれぞれ充当され、最後に、一〇一万六三〇〇円が二〇〇万円の現金の一部として出金されたということになる。

7、右のとおりの使途であるところ、手形貸付契約の残金二〇〇万円が旧債振替禁止規定に違反するものであることは原審も認めるとおりである(厳密には、戻し利息を控除した一九九万二六五八円が違反部分というべきであろうか)。なお、問題は、(二)の貸越金二九九万二一〇八円に充当した件を旧債振替禁止規定違反とするべきかどうか、の点であるが、現実に、旧債たる貸越金に充当されて返済を受けた結果が明らかであるから、これも旧債振替禁止規定違反と解するべきである。原判決によれば、貸越額が返済された後も貸越契約は継続し、貸越限度額の範囲内で貸越がなされていったのであるから条項違反とはいえない旨、判示した(六枚目表)。同じ趣旨の理由づけとして、たまたま貸付金が入金された口座と貸越取引用の口座とが同一のため、一時的にそうなっただけのことであり、再度、貸越契約にもとづき、利用可能なのであるから、実質的には旧債の回収に充当したものとはいえない、との考え方もありうるであろう。しかし、いったん消滅した貸越金とその後に発生するべき貸越金とは別個のものであるから、あらたに貸付を受けることができる以上、旧債の回収に該当しない、とするのは、法律論としては十分な説得力を持たないように思われる。そもそも、銀行としては、本件のように同一口座に振り込めば、貸越金の返済による消滅という事態は当然に予測することができるのであり、それを避けるためには別の口座に振り込むなり、直接、貸付金の授受と決済をするなりして、貸越金に充当しない方法をとることは可能である。それをあえて貸越金への充当決済という方法を銀行が選択した以上は、旧債振替禁止規定違反の不利益を受けてもやむをえないのではないだろうか。さらに、実質的な観点からみても、貸越金が消滅した後、新たに当座貸越契約に基づいて貸付を受けるまでの間に、債務者が不渡りや取引停止となり、あるいは当該口座の差押えを受けるなどの場合には、約定のうえでは当座貸越契約の終了原因となるのであるから、銀行としては新たな貸越に応じることはできなくなるのであって、貸越契約にもとづき利用可能だとは常にはいいきれず、旧債振替禁止規定の趣旨に反する事態も予想されるからである。

8、従って、本件では、一四〇〇万円の貸付金のうち、被上告人の書面による承諾のある旧債振替として七一八万六六五一円については問題はないが、7、のとおり四九八万四七六六円につき旧債振替禁止規定に違反する行為が伊予銀行大洲支店にあったものであり、同規定の解釈上、前記特段の事情の主張、立証が被上告人からない本件では貸付金額全部につき、免責の効果を生じると解することが相当である。しかるに、原判決は旧債振替禁止規定の解釈を誤り、前記6、(六)の二〇〇万円についてのみ免責の効果を認めるにとどまったものであるから、右解釈の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二点 詐欺の主張を排斥した点についての理由不備、経験則違反、法令解釈の誤り

一 事実関係

原審が確定した事実ならびに記録によると、本件信用保証契約の経過は以下のとおりである。

① 平成二年四月から五月上旬にかけて、伊予銀行大洲支店、被上告人、福住修三は新規融資の協議をしていたが、修三の返済能力に不安があったため、融資の話は難航し、被上告人はいったんは保証を断わったが、各方面からの働きかけがあったことから、断わり切れず、結局、伊予銀行大洲支店は被上告人の信用保証のもとに一四〇〇万円の貸し付けをなし、それで既存債務の一部を決済するとの話となった(玉井二二回九〜一一項)。被上告人の担当者玉井および伊予銀行大洲支店の担当者高岡は右融資の条件として新規の保証人を修三に要求し、修三との協議の結果、上告人なら保証人として適格ということになり、上告人から必要書類を取り付ける手続は全て修三にさせることとした。あわせて、高岡は、このさい上告人には、限度保証(乙一)の連帯保証人になってもらえれば好都合である、との期待をいだき、乙一の取り付けも修三にやらせることとし、その旨、修三に指示した(乙三六)。

② 修三は五月一一日、保証人調査書(甲二六)と限度根保証の約定書(乙一)を持参して上告人を訪れ、これに上告人の署名・押印を求め、同日、乙一と甲二六を高岡のもとへ持参した。

③ 修三は伊予銀行大洲支店を経由して被上告人に対し、信用保証委託申込書を提出し、右申込書は五月一四日に被上告人に受付けられた(甲一七)。右申込書の添付書類は保証人調査書(甲二五ないし二七)、信用保証依頼書(甲一六)などであった。申込みの時点では、融資の実行予定日は五月一七日であった(甲一六)。

被上告人は五月一六日、保証決定をしたが(甲一九)、担当者である玉井は、修三の経営状態と返済能力について「不動産投資及び子息の教育費が嵩み、借入増加、内容苦しくなっている。本取扱いについては苦慮した」(甲一九の「意見」の欄)、「資金繰 不可」、「償還見込 やや不安」(甲一九)との見通しを持っていた。被上告人は伊予銀行に対し、保証決定にあたり、本件保証つき融資によって二件の旧債を決済することの承諾をなし、また、資金使途を次のとおり限定した(甲一九「資金使途」欄)。

運転資金

七一四万四〇〇〇円 旧債振替資金

三一八万九〇〇〇円 スーパー島田屋の商品充実及び外商を始めたための資金

設備資金

三六六万七〇〇〇円 設備老朽化によるやりかえ資金

④ 五月一六日ころ、高岡は修三に対し、甲二、甲七を交付して、再度、上告人の署名・押印を取り付けるよう指示し、修三はそれに応じて上告人の署名、押印をとりつけ、甲二、甲七を高岡に交付した。

⑤ 被上告人は五月一六日、上告人に対し、甲一八の一(以下、確認書という)を発信し、同一八日ころ、上告人がこれに署名・押印し、同一九日、被告保証協会あて返送され(甲一八の二)、同二一日、着信した。

⑥ 五月三〇日、修三に対する一四〇〇万円の貸付が実行された。

⑦ その後の修三の返済経過は甲一二の一、二および乙四によると、次のとおりである。具体的な返済方法は修三の普通預金口座からの自動引落によっており、乙四号証の口座がそれである。返済金額は利率の変動のため、甲一二の一、二の金額とは一致していない。

約定返済日   現実に支払った日 返済金額(乙四)

第1回 二・六・一八  二・七・二〇   一三八、〇八七

第2回 二・七・一八  二・八・二    一六九、三七〇

第3回 二・八・二一  二・八・二〇   一六九、一一九

第4回 二・九・一八  二・九・一八   一六九、一一九

第5回 二・一〇・一八 二・一〇・二五  一七三、五七六

右の如く、第5回目の支払いを最後に、一三六一万二六四八円の元本を残したまま、返済が停止した。

⑧ 後で判明した事情(放漫経営など)

代位弁済請求書(甲一一)によると、事故原因は「公私混同による浪費で、借入金過大、放漫経営が主因と考えられる。」との記載があり、これを受けて被上告人が作成した代位弁済審査調書(甲一四)によると、保証時の状況は「やや悪い」、代弁原因は「放漫経営」、事故原因は「放漫経営、借入過多」との記載があり、意見欄によると「平成三年三月までは何とか商売により長期ばらいの検討計画進めていたが、隠れた高利借入もあり、本人は意欲をなくし、4月に入り行方不明となった」との事情が伺える。

二、原判決の問題点

1、上告人は、甲二、甲七に署名、捺印する際、修三からそれらの書類が単に乙一の書き直しのための書類であると告げられ、その旨誤信して署名捺印したものであるから、詐欺により取消す旨を主張したのに対し、原判決ならびに原判決が引用する第一審判決は、そのような事実は認められない旨、判示する(第一審判決一五頁〜)。しかし、右判断は是認されるべきでないと考える。

すなわち、上告人と修三とは従兄弟とはいえ、特に親しい交際はなく、営業上の密接な関係があったものでもないこと、上告人は本件以外に修三のために多額の連帯保証をしたことがないこと、五月一一日ころに、修三のために限度根保証の約定書に署名、押印して一二〇〇万円の債務を負担した上告人が、その数日後にさらに一四〇〇万円の債務につき、連帯保証をして二口合計二六〇〇万円の保証債務を負担することを了解することは、上告人と修三との間に特別に密接な関係その他、首肯できるに足りる特段の事情のないかぎり、経験則に照らしてまず、ありえないものと認めるのが相当である。さらに、上告人の本人尋問の内容はとくに客観的事実に照らして不自然や矛盾点は認められないと思われ、その信用性を一概に否定しさることはできないと考える。したがって、これらの点を考慮することなく、上告人の主張をたやすく排斥した原判決の認定は、経験則に違背し、理由不備の違法があるというべきである。

2、そうすると、修三の詐欺は第三者の詐欺(九六条二項)ということになるが、本件事実関係のもとにおいては、被上告人が右詐欺の事実を知らなかった旨の主張をすることは信義に反し、許されるべきでないと考える。原判決ならびに原判決が引用する第一審判決は、修三の詐欺を第三者の詐欺と被上告人が主張することは信義則に反するものではない。とするが、右判断も信義則に関する民法の解釈を誤ったものというべきである。すなわち、本件で信義則に違反すると認めるべき事情は次のとおりである。

(イ)被上告人は、自己の業務の便宜のため、信用保証委託契約の締結にあたり、上告人の保証の意思表示を受領して伝達する使者として修三を利用したこと。

(ロ) 被上告人が修三に託した書類は、信用保証委託契約書の基本書類であって、本来、被上告人が最大限の関心と注意をはらって徴求するべき書類であること。保証人が信用保証委託契約を理解しているか、保証意思が完全か、は徴求の具体的状況によって確認できるからである。

(ハ)修三のように信用状態が極度に悪化している債務者は、往々にして詐欺的な言動をもって保証人をとりつけ、トラブルを招く事があるのは、被上告人の玉井証人も認めているように(二二回二四項)、社会生活上、顕著な事実であること。

(ニ) 被上告人の設立・業務目的は、なかば公共的なものであって、公的資金の助成もなされているから、経済的利益の追求を至上の目的とする私的企業とは異なり、業務方法にも公正さ、適切さが強く要請されるといってよいから、法的知識の不十分な保証人が不完全な保証意思のまま、紛争に巻き込まれることのないよう、適当な配慮をすることが期待されていること。

なお、使者による詐欺を知らない旨の主張をすることが信義則に反して許されない旨を判示した裁判例として乙三〇がある。これは、会社の従業員(代理権のない)が詐欺をした事例であるが、従業員かどうか(すなわち、本人が指揮・監督関係をもつかどうか、を信義則違反が成立するための要件とみるべきではない。使者に対して本人が指揮・監督関係をもつ場合は、使者の詐欺を本人の危険領域内のものとして引き受けさせることができる、ひとつの典型にすぎない。

3、以上のとおりであって、詐欺の主張を排斥し、また、かりに詐欺があるとしても修三の詐欺を第三者の詐欺であると被上告人が主張することが信義則に反しないとした原判決の判断は理由不備、経験則違反、法令解釈の誤りの違法があり、右違法が判決に影響することは明らかである。

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